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#8 青年団 第75回公演『ニッポン・サポート・センター』 の内容と感想

観劇日:2016年7月5日(火)14:00の回

 

※ネタバレしかないです!

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 8年ぶりとなる平田オリザの新作書き下ろしである。まず、当日パンフレットにあった、平田の言葉が、とても印象的であった。

 

 『ニッポン・サポート・センター』という題名は、敬愛するクレージーキャッツの『ニッポン無責任時代』からイメージした。貧困も格差も介護も虐待も、不謹慎なほどに笑ってしまえる作品を創りたいと思った。今の時代に必要なのは、おおらかさだと思うから。(……)

 (……)貧困も虐待もDVも、いずれも深刻な問題だが、眉間にしわを寄せてその深刻さを語るのはジャーナリストに任せて、私はもう少し、その問題の奥底を探りたいと思う。ゆっくりと滅びの道を歩む日本の、影絵のような芝居になればと願っている。

 (当日パンフレット「『ニッポン・サポート・センター』上演にあたって」より抜粋)

  この言葉通り、本作はいろいろな社会問題を抱える日本の苦を露呈させ、それについて考えようという作品では決してない。日本に生きる私たちの現状を丁寧にうつしとり、客観的に考える間(ま)を与えてくれるものである。

 

 舞台は「サポートセンター」といわれる、生活困窮者や虐待の被害者などの相談事をひきうけるオフィスである。運営はNPO団体が担っている。そのオフィスには、NPOインターン生や、地域の定年後のお年寄りが訪れるなど、幅広い年齢の人の出入りがある。舞台、というより、そのオフィスの作りは特徴的で、みっつの防音室が備えられている(舞台美術として実際の防音室使用していたかは不明、演技でカバーしていた?)。その防音室は、相談事をしに来る者が現れた時に、主に使用される。NPOの職員がミーティングに使用することもある。防音室には窓が付いているが、ほとんどブラインドを閉めた状態で使われる。つまり、客席含む防音室外には、中の音は聞こえないし、見ることもできない。また、それぞれの部屋の外側にはインターホンが設置してあり、用事がある場合には、それを押すことで中にいる人物に知らせることができる。

 その3つの防音室があるオフィスからの場面転換はない。センターの窓口も兼ねているこの溜まり場では、だらだらとした、ほのぼのとした日常会話が繰り広げられる。その会話から、登場人物たちのキャラクター像がゆっくりとみえてくる。

 会話で語られるのは、大なり小なりの悩み事や抱えている問題の話、またそれに関する噂などだ。センターの女性職員の夫が盗撮容疑でつかまり、そのせいで女性職員が辞めるのではないか、とか。また、出入りするお年寄りのうちの一人息子が失業した、とか。ある職員が他の職員のことを好きである、とか。そこに、相談者として、離婚問題を抱えた夫婦がそれぞれやってきたり、勘違いが多く、激昂の仕方が激しい女性が絡んできたりする。しかし、夫の盗撮容疑によって女性職員がやめるかどうかの本当のところは、防音室の一室で、上のものと話される。また、失業した一人息子の職業斡旋の説明も、防音室の中で行われる。数々の相談者の相談事だってもちろん、防音室の中で語られる。何かの問題が、どのようになっていて、どうしていく、という内情は、ほとんど観客に見えず、聞こえない形で繰り広げられるのだ。

 防音室外のセンターの人々は、防音室内で行なわれているだろうことに対して心配し、おろおろしたり、また、見当違いの予想で盛り上がったりする。「サポート」してはいるのだろうが、それぞれがそれぞれのより良い形におさめようと動いている、と言った方が正しいだろうか。

 終盤になると、防音室内のできごとに関係する、知らなかった事実がぽろぽろと会話に浮上してくる。離婚問題に関するDV疑惑や、失業した男の辞職理由が、海外で薬漬けにされた子供をみたからであることなどだ。そして、すべての防音室が使用されている状態のオフィスで、その失業した男の父親である老人が言う。「みんなそれぞれきついんだよ、コイツよりはましだ、って思っているだけで」(かなりうろ覚えなので、例によって正確ではないが、このような意味合いのセリフ)。そして、ぽつりぽつりと、オフィスにいる全員で、「やまと寿歌」を歌う(歌詞はこちら)。一語一句はっきり歌われるこの歌は、かなり重苦しく響く。一部の歌詞を引用する。

クルマ パソコン ケイタイ電話

原発 軍隊 なんでもあるさ

日の丸かかげて 歌え君が代

ほんに この国 よい国じゃ

あとは なんにも

いらん いらん

よけいな モンは

いらん いらん ちゅうに……(リンク先より引用)

 

歌の中でも、ここの歌詞の部分が一番力を入れて歌われていた。

 

 

 

 丁寧でさりげない演技は、本当になんだこれ……という精巧さであった。例えば、おどおどどしたインターン生の絶妙な空気の読めなさは、物語上にこそ関わってこないが、彼女が抱えているであろう悩みの存在を予感させる。しかし、センターの職員が少々デリカシーに欠けるのと(カウンセラーが相談者に「え?」と真顔で聞くことなどないのではないか)、お年寄りが、「こういう老人いるよね」という様に、大げさに描かれているのが気になった。後者に関しては、「サポート・センター」なのではなく、「ニッポン・サポート・センター」なのであることを意識させるためであろうか(そのような演出により、「日本の縮図」感は増していたように思った)。前者に関しては、水面下の会話のできなさ−−言葉でしか通じ合えない / 言葉にしないと伝わらない、というストレスを大いに感じた。しかし確かに、私自身水面下のことを気にしない場合も多い、例えば政治問題や、自分に直接関わらないと思い込んでいる事柄について。

 『ニッポン・サポート・センター』はまさに、自分自身にしっかりとは届いてこない、しかし近くにある問題との距離を考えるきっかけとなる作品である。そうとしか言いようがないものを感じた。防音室の中で何が起こっているのかはわからないが、そこは防音室であるだけで、別世界ではないのである。少し聞こえづらく、見えづらいだけなのである。

 そして、あえて「原発」や「軍隊」というワードを強調する姿勢からは、焦りや怒りというものが伝わった。静かな作品ではあり、その冷静さからは自分を省みる機会を与えられる。しかし同時に、「もはやここまできている」という焦燥がじわじわと伝わってくるのも確かなのだ。

 千秋楽の前日、7月10日が参議院選挙の日でもあったことが、作品の捉え方にも影響している。

 

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青年団『ニッポン・サポート・センター』

2016年6月23日〜7月11日 吉祥寺シアター

作・演出 平田オリザ

出演:山内健司 松田弘子 志賀廣太郎 永井秀樹 たむらみずほ 辻 美奈子 小林 智 兵藤公美 島田曜蔵 能島瑞穂 大塚 洋 大竹 直 村井まどか 河村竜也 堀 夏子 海津 忠 木引優子 井上みなみ 富田真喜 藤松祥子