そよそよ族ノート

備忘録的に観劇記録を書きます

#14 2016年の書き残し感想①『人間と魚が浜』『狂犬百景』『是でいいのだ』『フェス』『わたしたちのことを知っているものはいない』

 

あけましておめでとうございます。

2016年の夏あたり以降にみたもので、ブログに書いていないものがいくつかありまして、まあいいかとも思っていたのですが、短く触れておくことにしました。

いつも通り内容と感想だけです。

意外と長くなってしまったので、2回にわけてみました。

 

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三野新『人間と魚が浜』(観劇日:7月17日)

G/P gallery SHINONOME 7月14日-18日

出演 大場みなみ 佐藤駿 滝沢朋恵 立川貴一 宮崎晋太郎

 

 人間と魚が、写真を入り口に、物質(釣り用語でいう「ストラクチャー」)を介してコミュニケーションを図る。しかし、魚釣り(これは、戦争における射撃にも重ね合わせられる)の動作により人間と魚の関係はする-されるというものに固定される。人間と魚のコミュニケーションは不可能なのか、可能にすることはできるのか……ということを考える内容だと解釈。視線の関係を軸に、釣り、恋愛、人間関係、戦争、と枠を広げて考えられる作品。写真と物質を介するコミュニケーションというのが特殊で、こんなのアリかいという感じなのだが、アリに思えてくる詳細な手つきがこの作品のいいところなのだろう(しかしその手つきの詳細については理解しきれなかった)。人間を醜悪に描くこと、そして魚役も結局は人間であること、このあたりは意識されていたと感じるので、いずれ意図をきいてみたい。複雑な手順を踏むつながりの新たな方法が編み出されてはいたが、パッケージは一夏の恋物語のようになっていたところがすごい。

 

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MU『狂犬百景』(観劇日:10月8日)

三鷹市芸術文化センター 星のホール 10月1日-10日

脚本・演出 ハセガワアユム

出演 古屋敷悠 青木友哉 井神沙恵 真嶋一歌 沈ゆうこ 佐々木なふみ 古市みみ 植田祥平 大塚尚吾 青山祥子 山崎カズユキ 森久憲生 菅山望 森口美香 加藤なぎさ 浜野隆之 成川知也 星秀美 NPO法人 長尾友里花 黒岩三佳

 

 MITAKA ”NEXT” Selection 17th に選出されたMUによる、短編4作で構成された長編。犬が人を襲う「狂犬病」(襲われるとゾンビ化する)が蔓延した世の中での模様を描く。昔死なせてしまった飼い犬への想いを行動理念に宗教に走る女、犬に襲われるごたごたの中で次々と暴露を始める製菓会社の人間、狂犬病にかかった犬を惨殺する漫画家……各話の登場人物たちは、第四話の動物愛護センターという場所で一堂に会する。かなり登場人物が多いと思うが、それぞれのキャラクター像がしっかりしているので、四話で明らかになる部分に違和感がない。そして、多すぎない説明が、キャラクターの裏側の性格まで予想させる効果を発揮していた。しかし、どうしても話のためにキャラクターが生み出されて動かされているという印象が否めない。では話に従事しないキャラ像とは?と問われると答えられないし、これはほとんど好みの問題かもしれないが……。

 本当に頭のネジが飛んでしまっている人と、狂った「フリ」をしている人の微妙な違いが明確に示される箇所がすごい。しかし、人は極限に追い込まれるとベロチューするのか? 狂うと性に奔放になるのか? このあたりは「人ってこういうもん」と言われてもよくわからんわとなるしかない。疑念が残る。

 

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小田尚稔の演劇『是でいいのだ』(観劇日:10月9日)

新宿眼科画廊 地下スペース  10月8日-12日

脚本・演出 小田尚稔

出演 板橋優里 豊島晴香 橋本清 細井準 山村麻由美

 

 イマヌエル・カント著作、『道徳形而上学の基礎づけ』を元にしたという作品。「これでよいEs ist gut」という言葉にもある、「よい」ということについて考える、と説明書きにある。

 震災の日の日常を描いた群像劇で、ほとんど全て、会話ではないセリフ(モノローグとも言える)で構成されている。それぞれの葛藤を抱える登場人物が、ちょうど「よい」結末に収まるといった、一歩間違えれば陳腐にもみえてしまいそうな物語を丁寧に描き出す。第四の壁を取り払うでもなく、「もともとないからなぁ……」と言うような、ある意味まっすぐな演出が良い。その演出は、観客や他の役者の挙動を無視しない、というごく当たり前に思える行動に強く現れる。周りを気にして、しかししすぎないように生きる。生活と演技が地続きになっている印象を受ける。演出が行き届いているのか本人の実力なのか不明だが、山村麻由美がずば抜けていると感じた。

 生きることを「よい」と全面肯定することには抵抗がある。しかし、少し頑張っていたり少し報われていなかったりする人や自分に対して、「いいんじゃない」と声をかけることが、悪いことではないと、そう思わせてくれる作品だった(卑屈に生きていると響く)。

 

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ゆうめい『フェス』(観劇日:10月22日)

スタジオ空洞 10月19日-23日

作・演出 池田亮

出演 矢野昌幸 鈴木もも 小松大二郎 宮岡有彩 中澤陽 大石健太郎 田中祐希 池田亮

 

 両親が亡くなったデッサン教室(塑像教室?当パンにヌード教室とあったけど、ヌード教室という名称は一般的なのか?)を営むある一家におこった物語。遺骨を使って塑像を作り上げて欲しいという両親からの無茶苦茶な要求を軸に、冴えない男が全裸であたりを走り回るに至るまでの過程を描く。本作を書くにあたり、何件かの教室への取材を敢行しているらしい。

 まちがいなくハイバイのフォロワーなのだが、強く観客の心にはいってくるのではなく、自分発信の自意識がそこに留まり、溜まり続けているという印象。取材を行ったらしいが、そこで得た内容が単なる物語上の「要素」として並べられているのではないかと疑ってしまう。このような事実の引用の仕方は意図的で無いにしても好みではない。また、何か最終的に舞台上でみせたい風景があるのだろうが、そこへと猛進しているために置いて行かれたと感じる。安易な下ネタは単純に心配になる。挑発的な前説も無自覚っぽいので心配。

 

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バストリオ『わたしたちのことを知っているものはいない』(観劇日:11月12日)

桜台pool 11月9日-13日

作・演出 今野裕一

出演 砂川佳代子 橋本和加子 坂藤加菜 佐藤駿 中野志保実 半田美樹

 

 出演者=役名という形で、登場人物たちは己の体験談のようなことと、沖縄についてのことを語る。旅をする人間(佐藤駿)がうっすらとした軸となり、様々な語りや景色が巡る。構成は複雑である。舞台上には吊るされたマイクと照明、壁に映された映像、何枚も貼られている揺れる白紙、時計、などなどがあり、視線を向ける場所に悩む。話が散漫ではっきり言ってよくわからないのだが、散漫さは意図的だと分かるので、そのような批判の意味の無さを同時に感じる。具体的な物語が無いために、「想像」ということが常に問題として扱われているように感じた。語る対象物、もしくは語りかける相手、それらが「不在」であることを意識するのではなく、それらを「想像」することを念頭に置くというような。登場人物が提示しているのは「想像する態度」だ。具体的な地名である沖縄や、戦争という言葉が彼らの思考・想像のきっかけとして配置される。

 飄々としたシティ感ある作品だが、水に潜るイメージなどは美しく、キャッチーな部分が多数あったのは意外だった。マイクを吊るした音響は最高。

 

 

②に続きます。